当館は、徳川家康の遺品、駿府御分物(すんぷおわけもの)を中心に円山応挙、狩野探幽らの絵画、水戸藩に伝わる約6万点の什宝を所蔵。「大日本史」編纂着手の徳川光圀以来の水戸家の見識の源となる文化財、光圀ら家康の孫の世代が寄せ書いた梅の画賛などが、中国・六朝文化にならう学問に親しむ象徴として披露・紹介される。
〒310-0912 茨城県水戸市見川1-1215-1
TEL:029-241-2721
上杉家から三島大社に奉納された太刀、刀を下げる帯、金属で編む兵庫鎖。 鞘(サヤ)には、漆の上に多くの金粉を蒔き研ぎ出し、デザインを統一の揃い金具に、 銀箔を押した金メッキのつがいの鳥文様を、少し浮かび上がらせ、鍔(ツバ)には、飛ぶ鳥を透し彫り。平安・鎌倉時代に実用の太刀で、のち奉納用として製作される。 古来珍重される太刀の福岡一文字派により、銘は一。
天保13年(1842)、水戸藩9代藩主徳川斉昭は千波(せんば)湖に臨む七面山を切り開き、領内の民と偕(とも)に楽しむ場にしたいと願い偕楽園を造園する。そして約100品種、3000本の梅林は、2代藩主光圀の学問・研究への取り組みを象徴する。木造2層3階の別荘、好文亭の三階の楽寿楼は、東南の千波湖を望み、古書の文面を刻むなど内装建築には工夫と洒脱さがある。
〒310-0033 茨城県水戸市常磐町1-3-3
TEL:029-244-5454
17世紀前後に西洋列強がアジア進出を目指し、東アジアが急変する中1664年に中国明朝が滅亡する。本書で紹介する朱舜水は、明朝復興の軍事支援要請で来日し、幕府の鎖国政策により目的は果たせなかったが、日本に朱子学と陽明学の歴史精神を伝えることになる。水戸光圀に影響を与え、また武士道の精神にも影響を与える。
石原道博 吉川弘文館
Tags : 徳川ミュージアム茨城県
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