日本に臨済宗を伝えた栄西が、鎌倉2代将軍源頼家の援助で当寺を開山したのは建仁2(1202)年。その年の元号が寺名。京都五山第3位の寺院で、俵屋宗達の国宝「風神雷神図」、海北友松の襖絵などの文化財を豊富に所蔵。法堂天井に、創建800年の平成14(2002)年鎌倉出身の小泉淳作による双龍の絵が描かれた。
〒605-0933 京都市東山区大和大路通四条下る小松町584
TEL:075-561-6363
京都・曼殊院に伝来の「秋景山水図」「冬景山水図」。もとは、四季山水図4幅があり、その内の2幅であった可能性がある。 細い線で簡略化した、岩や山の表現。安定感のある構図に力強い筆使い。 「秋景」は山や建物を下に集め、広がる空間は上に、 「冬景」は岩や山を上に反時計周りの螺旋状、画面空間に意図的に奥行きを作る。 古典的な描写法を捉われずに組み合わせて、たどり着けないほどに、美を造形する。
当寺は、1253年、中国・宋の渡来僧・蘭渓道隆が開いた鎌倉五山一位。純粋禅修行道場として鎌倉幕府北の出入口の要衝の地に建ち、北条時頼はじめ執権北条家の修行禅寺となる。中国の禅寺に倣った一直線に伽藍が続く境内には塵ひとつなく、また最奥の、道隆築造による「蘸碧池(さんぺきいけ)」を中心とした方丈庭園ともに国史跡に指定。
〒247-0062 神奈川県鎌倉市山ノ内8
TEL:0467-22-0981
義満は明へ通交と通商を求める使者を送り、日本国王源道義と建文帝に認めさせる。東アジアの明の冊封体制に組み込まれ、勘合貿易が認められ、明銭が返礼される。しかし義満の狙いは、国内で天皇の上に出ることの成就。本書は義満の王権簒奪計画を“立証”する。
今谷明 中公新書
Tags : 国宝建仁寺鎌倉
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