江戸時代、市中で売り歩かれて遠く江戸まで評判が広がる万病全快受合いの名物伊吹もぐさの伊吹堂。その分家の松浦久一郎が大正6年に建てた旧宅を歴史館とする当館では、当時の中山道六十九次の六十番目の宿場の賑わいを今に伝える。和室ふれあいの間では、江戸時代の旅籠を偲ばせる「柏原御膳」も予約をすれば頂ける。
〒521-0202 滋賀県米原市柏原2101
TEL:0749-57-8020
春の桃の花まつりで有名な山梨県の笛吹市で出土。奇怪な顔と形の上半身。 目尻が鋭く吊り上がり、人の顔というより獣の顔。この顔の表現は中部の高地や関東地方西部で、縄文中期土器の人面がつく取っ手、人面把手(ハシュ)に共通する。 また胸に当てられた左手の三本指のサイン。同様に、この時期の土器につけられる、人体や動物の装飾にみられる。
秀吉は浅井氏が滅ぶ天正元(1573)年に、交通の要所今浜を、信長の一字をとって長浜と名を変え、当地で初めて城をもった。長浜城は眼前の神の島、竹生島から材木を運び築城。当館では、縄文時代から続く湖北・長浜の歴史を紹介する。近世全国に展開した近江商人たちが受け継ぐ浄土の思想や豊かな美意識を展覧できる。
〒526-0065 滋賀県長浜市公園町10-10
TEL:0749-63-4611
全国の領土紛争をめぐる私戦を禁止する「惣無事(そうぶじ)」を宣言し、天皇の意向である「叡慮(えいりょ)」により領土処分権「進止」(しんし)を得たことで秀吉の国家経営システムのシナリオは頂点に達し、朝鮮出兵で瓦解。また朝鮮出兵は陶芸技術と朱子学を残す。
笠谷和比古・黒田慶一 文英堂
Tags : 滋賀県米原市柏原宿歴史館
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