朝倉市秋月の眼鏡橋は、1810年に架橋される。秋月城下は1203年の中国漢の皇帝末裔と言われる秋月氏から始まる。秋月氏が宮崎・高鍋に移っても、見識は黒田藩の支藩にも受け継がれ小京都といわれる風情のある町並みが江戸時代に整備された。その町の風情が、藩校「稽古館」を中心に、見識の美が地域に育った歴史を伝える。
〒838-0001 福岡県朝倉市秋月
TEL:0946-24-6758 (朝倉市観光協会)
唐の白居易(722−846)の詩文集『白氏文集』巻第65のうちの8篇の詩を書いた、揮毫したもの。書の和様を大成した三蹟の一人、藤原行成(972-1027)47歳の筆跡。草書を交えた行書体で書写されている。格調高い和様の完成された洗練美が展開される書道家で歌人の伏見天皇(1265−1317)遺愛の品。
平安時代後期、天喜元(1053)年、仏師定朝の作。技法は日本独自の寄木造り完成の技法で、表現も日本独自の和様の完成を見せる。頬がまるく張った円満な顔。伏目がちの大きな眼は拝む者を静かに見つめ、表情はかぎりない優しさに溢れる。胸をひいて背をわずかにまるめた姿勢に無理がなく、どこにも硬い緊張感がない。
〒611-0021 京都府宇治市宇治蓮華116
TEL:0774-21-2861
17世紀前後に西洋列強がアジア進出を目指し、東アジアが急変する中1664年に中国明朝が滅亡する。本書で紹介する朱舜水は、明朝復興の軍事支援要請で来日し、幕府の鎖国政策により目的は果たせなかったが、日本に朱子学と陽明学の歴史精神を伝えることになる。水戸光圀に影響を与え、また武士道の精神にも影響を与える。
石原道博 吉川弘文館
Tags : 福岡県秋月城下町
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