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弥勒寺

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弥勒寺

名張は奈良時代の宿駅で、壬申の乱で大海人皇子がこの地を抜けて東国へ逃れる。中世期東大寺荘園地として発展し、今もお水取りで使われる木はこの地のもの。当寺は仏像の宝庫。平安後期作の一木造の聖観音立像と寄木造の十一面観音立像、月満ちるがごとくのその造形性は藤原期を代表する。本堂裏の秋葉山からは名張が一望。

藤原彫刻

〒518-0609 三重県名張市西田原2888

TEL:0595-65-3563

東博百選

聖護院の庭 浅井忠
明治37(1904)年 東京国立博物館蔵 高野時次氏寄贈

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聖護院の庭 浅井忠

佐倉藩藩士の子供で花鳥画を学んだ浅井。文明開化で、パリ万博の監査官として留学したフランスから帰国後、京都に移住。明治36(1903)年、京都の自宅に聖護院洋画研究所を開き指導に当たる。 その自宅近くの聖護院から描いた水彩画の日本の風景の作品。 パリの南63km、水辺のグレー村を訪ね光の描写を研究した浅井は、留学前の作品に比べ、光の整え方は格段に丁寧になる。

畿内七道

鈴鹿峠

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鈴鹿峠 日本武尊 御墓

畿内から東海道に向う鈴鹿峠、鈴鹿市入道ヶ嶽山頂からは御在所岳など鈴鹿山脈や伊勢湾の素晴らしい眺望が広がる。河内王朝前の三輪王朝、仲哀天皇の父日本武尊は東征の帰路、鈴鹿峠を前に力尽き、「大和は国のまほろばたたなづく青垣」と詠い白鳥となり大和に戻ったという。「日本武尊御墓」は、深く静かな緑につつまれる。

日本武尊 御墓

〒519-1101 三重県亀山市

TEL:0595-97-8877 (亀山市観光協会)

千夜千冊

日本史の誕生

日本史の誕生『万葉集』巻一冒頭で、雄略は英雄であって人間であることをあらわす。実像がきわめて鮮明な日本史誕生の母型をもった最初の大王。河内王朝が大きな頂点を迎え、そして象形された日本の母型のひとつは、東アジア社会のストリームとは決して無縁ではなかった。

文責:旅鶴編集室

千夜千冊

岡田英弘
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