当院は、江戸時代寛文年間に藩主松平康映が生母の菩提所とし浄土宗に改宗。本尊「木造阿弥陀如来立像」はヒノキ材の一木造で、玉眼、漆箔像。背刳りの胎内には阿弥陀坐像の摺仏が納められる。 内刳りには、仮名書きの墨書銘で建長7(1255)年の作とある。本院に迎い入れられた阿弥陀仏である。鎌倉時代の模範作、国指定文化財。
〒697-0021 島根県浜田市松原町266
TEL:0855-22-0985
痩身で、装身具も簡素な足を組み瞑想する菩薩像。 666年朝鮮半島で百済が滅ぶ。多数の王朝の民が日本に亡命。 朝廷の役人が、亡くなった半島出身の妻のために願いを込めた仏像。 —ハンカする台座の枠に「高屋大夫が亡き韓夫人のために」と刻まれ、仏像の痩身や腰から垂れる帯飾りで、朝鮮三国時代の仏像との関連も濃い。
法然上人の誕生から入寂に至る行状のほか、法語、消息、著述などの思想もあらわし、門弟の列伝、帰依者(天皇、公家、武家)の事蹟も含んで四十八巻に構成の絵伝。後伏見上皇の勅命で、比叡山功徳院の舜昌法印が徳治2(1309)年から十余年をかけて制作と伝わる。前半部は、鎌倉後期宮廷絵所絵師の画風を顕著に見せる。
〒605-8686 京都市東山区林下町400
TEL:075-531-2111
時代は「悟りの仏教」から「救いの仏教」へ。そのことを突き詰めて、仏教を「編集」しなおして、断固として専修念仏を「選択」した法然には、きっと「情報」の足し算と「本質」の引き算が同時にできる才能があった。松岡正剛が法然を編集の視点で読み解く。
松岡正剛 NHK出版
Tags : 島根県心覚院鎌倉
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