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岩手県立博物館

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岩手県立博物館

「岩手山を望む丘の上にある美術館」—岩手山は、古くから信仰の山。当館は3,000〜2、000年前の縄文時代晩期の遮光器土偶を展示する。 悪霊を遠ざけるために、土偶は朱で塗られていた。山と置物は幸運をもたらす。当館は、地質時代から現代にいたる地質・考古・歴史・民俗・生物などの資料を展示。そして当館2階には、晴れた日にその美しい岩手山が見え、盛岡市手代森遺跡から出土し、ほぼ完全な形で復元された遮光器土偶とかさなりあう。

千代森遺跡遮光器土偶

〒020-0102 岩手県盛岡市上田字松屋敷34

TEL:019-661-2831

東博百選

蓬莱山蒔絵袈裟箱(ケサバコ)法隆寺献納宝物(ケンノウホウモツ)
平安時代 12世紀 東京国立博物館蔵

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袈裟などの衣類を運ぶ箱。仙人が金・銀の宮殿に住むと、古代中国で言われた東の海に現れる島、蓬莱山を長寿の亀や鶴と描く。 蓋(フタ)のような形のため、別の箱の身と組み合わされた。 しかし側面の松喰鶴(マツクイヅル)の向きから、もともとは単独で、衣服を入れる広蓋(ヒロブタ)や髪道具など一時入れる乱箱(ミダレバコ)のように衣類等を整理・運ぶためのものと推定される。 金粉を蒔いた後に、絵を研ぎ出す技法、研出蒔絵を、疎と密に使い分け、表現する幻想性。平安時代後期の蒔絵の名品。

畿内七道

三内丸山遺跡

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三内丸山遺跡

「日本の縄文遺跡を代表」 — この遺跡は、縄文時代初期から中期にかけて、5,900年から4,200年前の長期に渡る集落跡。 多くの竪穴住居、掘立柱建物他の遺跡が、人々がこの集落にどのように住んでいたかを示す。そこには大集落を維持するシステムと思想が歴然と存在していた。発掘されたヒスイの珠や黒曜石の道具は、日本列島の広域地域との交流をまた示す。

縄文思想

〒038-0031 青森市大字三内字丸山305

TEL:017-766-8282(三内丸山遺跡センター)

千夜千冊

日本の深層

日本の深層芭蕉が「閑さや岩にしみ入る」を詠んだ山形・山寺。立て岩を崇拝し、また奥の院に幼ない時になくなった子供たちを結婚した若い夫婦として描いた絵馬が納められる。これは東アジアにも見られる風習。梅原は芭蕉の旅の意図が日本の深層への旅だったと思えた。

文責:旅鶴編集室

千夜千冊

梅原猛
集英社文庫

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