東北歴史博物館

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東北歴史博物館

多賀城廃寺跡隣接の東北を代表する歴史博物館。所蔵の当復元模造は、芭蕉が蛍火の昼は消えつつ柱かなと詠んだ金色堂の柱。白く光る夜光貝の細工(螺鈿)、長押にいたるまで、透かし彫りの金具・漆の蒔絵など、有機的に一体になった平安時代後期の工芸技術を紹介。平泉と中尊寺の中国・風水思想と浄土思想の重なりも伝える。

中尊寺金色堂内陣柱復元模造

〒985-0862 宮城県多賀市高崎1-22-1

TEL:022-368-0101

東博百選

多賀城市埋蔵文化財調査センター

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多賀城市埋蔵文化財調査センター

多賀城は、古墳時代には北海道を含む北方との交流が認められる集落が営まれた地。7世紀後半に陸奥国が成立すると、8世紀初めには多賀城が置かれ、その際附属寺院も建立された。寺院名は明らかではないが、近接する遺跡から「観音寺」と書かれた墨書土器が出土し、名称の手がかりとなる。この土器は、仏教儀式である万燈会に使用された模様。

「観音寺」銘墨書土器

〒985-0873 宮城県多賀城市中央2-27-1

TEL:022-368-0134

畿内七道

京都 音羽山 清水寺

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京都 音羽山 清水寺

優美な起(むく)り反りの桧皮葺(ひわだぶき)寄せ棟造りは平安貴族邸の面影を伝え、清清しさを取り込んで雅。雅のはじまりは、780年征夷大将軍坂上田村麻呂が、大和国の僧・延鎮(えんちん)が夢告で開いた音羽山で延鎮と出会い観音に帰依し、蝦夷地平定後、凱旋し自邸を寄進したのが起こり。延鎮が観音を念誦し滝行した奥の院は、本堂・舞台を一望する。

本堂

〒605-0862 京都市東山区清水1-294

TEL:075-551-1234

千夜千冊

平泉・衣川と京・福原

平泉・衣川と京・福原平安時代は、京都王朝中心よりむしろ地方の時代だった。続いて源頼朝が、北の平泉と西の福原の両方を蹴散らかして新たに鎌倉に幕府を築いたが、それは風水にもとづき、「武の雅」を謳う「北の平泉的なもの」と「西の福原的なもの」の統合であったのではないか。

文責:旅鶴編集室

千夜千冊

入間田宣夫
高志書院

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