「古代日本の開拓者以来の崇拝」—弥生時代の東日本への農業工業化が拡大して以来、筑波山とこの神社は崇拝されてきた。水田稲作には多大な労力が必要。この地には、古代日本の若者が踊り歌い祝う祭り、歌垣の豊かな歴史もあった。当社はイザナギ、イザナミの二神を祀る。神社からはケーブルカーで絶景の山頂近く御幸ヶ原まで登れる。また江戸時代、筑波山は、歌川広重が江戸の地平線に大写しにして描き込んだ山だった。
〒300-4352 茨城県つくば市筑波1番地
TEL:029-866-0502
口がすぼまり蓋(フタ)付きで、酒等を入れる器。 細かい四角の渦巻き文様(雷紋)に、獣の顔と前足のような食を貪る、饕餮文。両側に雨を呼ぶ、キという獣などをレイアウト。 中国の古代、商の時代、祖先や神々の祭祀用に青銅礼器、礼器(レイキ)作る。これはホウいうレイキで、かなり大型、製作も精巧。商代後期の青銅器の典型。
「弥生時代の日本の農業様式を見える」—1世紀頃の集落遺跡。安倍川から押し流された土砂が堆積し広がる微高地に、集落が建てられ、水田が作られた。縄目文様を持つ土器等も出土。弥生と縄文の文化が重なる、日本のスタイル。登呂遺跡では、住居、高床倉庫、水田跡が発見され、木工製品や石器、朱の漆が塗られた琴も出土。
〒422-8033 静岡市駿河区登呂5-10-5
TEL:054-285-0476(静岡市立登呂博物館)
萩原さんは写真家である。すばらしい観察力と推理力と洞察力をもって、学者が気がつかなかった仮説を提出する。日本古代からの柱と鳥の関係を示す祭のルーツを中国に追いかけて、日本のコメは中国南部のミャオ族(苗族)によってもたらされたのではないかと。
萩原秀三郎 大修館書店
Tags : 弥生土器筑波山神社茨城県関東
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