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聖護院

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聖護院

聖護院は、園城寺(三井寺)の智証大師円珍の流れを継ぐ増誉(ぞうよ)僧正が創建。増誉は白河上皇の熊野詣の先達をつとめ、当寺で全国修験者を統括する。当寺の二の間には、狩野益信の綬鶏図。益信は、松花堂昭乗に書を学び、狩野探幽の養子となり、黄檗宗隠元導師に明の最新画法「逆遠近法」を学ぶ。ゆえに益信が描く綬鶏は、動くかごどく観るものに迫りくる。

二之間 四季花鳥図の内「吐綬鶏」 狩野益信作

〒606-8324 京都市左京区聖護院中町15

TEL:075-771-1880

東博百選

写生帖(シャセイジョウ)  円山応挙(オウキョ)筆 江戸時代 寛政5(1793)年 東京国立博物館蔵

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応挙(1733-95)は、写生を重視する。磨いた写生の技を生かした、心に響く構図性と色彩感、装飾的スタイルで、京などで人気。 当時、薬草を始め、実用的な面から博学の興味が高まる。応挙も三十代に非常に多くの写生図を制作する。当時の5帖、すべてが、実物の写生ではないが、 客感的に生を捉える、その筆を持つ手。また、うかがえる。

菩薩半跏像

畿内七道

表書院障壁画

金刀比羅宮

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表書院は宮殿として使用され、その襖絵が写生派の祖、円山応挙(1733-1795)筆による「鶴の間」「虎の間」「七賢の間」「上段之間」「山水之間」がある。三井家の支援で京都で制作。
第10代金光院別当宥存(ゆうぞん)。少年期に京で若冲に師事と伝えられ、時代の魁となる本モノを見極める目を持つ。表書院5間に天明~寛政期円山応挙晩年の、パリでも高い評価の障壁画を飾る。

〒766-8501 香川県仲多度郡琴平町892-1

TEL:0877-075-2121

千夜千冊

本朝画人傳

本朝画人傳全5巻に計47人の画人が登場。1人あたり40~70頁ずつほどの丹念な案内を、刹那の文章写真のように走ることになる。尾形光琳(1658生)。雁金屋は染め縫いが商いだから、きっと光琳はああいう絵になり、茶事を存分に嗜んでああいう省略が得意になった。

文責:旅鶴編集室

千夜千冊

村松梢風
中央公論社

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